Vol.02
人と町をつなぐ、
気動車
キハ222ひたちなか海浜鉄道株式会社
富士重工業株式会社(現・SUBARU)が製造していた鉄道車両の一つ、キハ222。この車両が2015年まで運行していたのが、茨城県ひたちなか市にある「ひたちなか海浜鉄道」です。
キハ222は架線がない線路でもディーゼルエンジンを使って自走することができる、気動車と呼ばれる車両です。酷寒地向けの耐寒仕様車として設計され、北海道で活躍した後に茨城交通に引き取られました。
その後はひたちなか海浜鉄道で活躍し、既に運行を終了したキハ222ですが、2021年夏に「ひたちなか海浜鉄道」によって建立された「ひたちなか開運鐵道神社」の御神体として保存されることに。御神体となった経緯や車両への思いを知るため、「ひたちなか開運鐵道神社」を訪ねました。
人々が行き交う港町
茨城県ひたちなか市の沿岸には、漁港や海水浴場、花咲く風景で人気の「国営ひたち海浜公園」など観光スポットが多く点在するエリアがあります。ひたちなか海浜鉄道・那珂湊(なかみなと)駅からクルマで5分の場所にある那珂湊漁港の「那珂湊おさかな市場」を覗いてみると、平日でも多くの買い物客で賑わっていました。
そんな多くの人が行き交う町で、人々の生活を支えているのが「ひたちなか海浜鉄道」です。今回はその発着駅である、阿字ヶ浦(あじがうら)駅に富士重工業製のキハ222が保存されていると聞き、足を運びました。
「ひたちなか開運鐵道神社」へお参り
阿字ヶ浦駅に到着すると、ホームに沿って色の違う2両の車両が並んでいるのが見えてきます。連結された2両のうち、先頭の車両がキハ222です。爽やかなブルーとアイボリーのカラーリングが目を引きます。
私たち取材班が駅舎に向かうと、電車から小学生が一斉に降車してくるところに遭遇しました。通りかかる小学生から「こんにちは!」と元気な挨拶が。
小さな路線の小さな無人駅ですが、確かにこの地で暮らす人々の生活を支えているのだと感じます。
阿字ヶ浦駅では、駅舎からホームに向かう途中で「ひたちなか開運鐵道神社」の御神体として祀られる、キハ222を正面から見ることができます。お賽銭箱はありませんが、神社なので鳥居が建てられています。よく見ると、鳥居はレールで作られているではありませんか!鉄道らしさと遊び心のある造りに感動しつつ、車両に向かって手を合わせました。
鉄道と人々の歴史
1962年製造のキハ222は、元は北海道の羽幌炭礦(はぼろたんこう)鉄道で使われていた酷寒冷地仕様の気動車。その名残として、窓についた雪を落とすための「旋回窓」という装備が今でも残されています。羽幌炭礦鉄道の廃線に伴い、1971年に茨城交通の鉄道部門(現・ひたちなか海浜鉄道)が引き取ってから更に45年運行を続けた、いわばご長寿車両。そんなキハ222がなぜ神社の御神体として祀られることになったのでしょうか?
今回は「ひたちなか海浜鉄道」代表取締役社長の吉田千秋さんにお話をお伺いしました。
「那珂湊という町は、江戸時代から港町として栄えてきました。それから時代の変化に合わせてこの地にも鉄道が敷かれ、海水浴客など多くの人で賑わったこともあったそうです。しかし、クルマ社会になるに連れて利用者数が減少し、2006年頃に廃線の話が挙がりました」
そんな時に声を上げたのが、他ならぬ地域の人たちでした。沿岸部から市街地をつなぐこの鉄道は、那珂湊に暮らす人々の生活になくてはならない存在だったのです。
その声を受け、当時鉄道を運営していた茨城交通から鉄道部門を引き取って誕生したのが、「ひたちなか海浜鉄道」でした。
キハ222の本当の価値に気づく
それから那珂湊に暮らす人々のために鉄道業務を続けてきた「ひたちなか海浜鉄道」。長い年月、鉄道が人々の生活に寄り添ってきたのと同じように、地域の皆さんもこの鉄道に対する思いが強かったそうです。
「昔の車両はとにかく長く使えるよう頑丈に作られており、本当に長い間走ってくれました。珍しい車両のため、わざわざ足を運んでくれる方も多かったです。ただ、古い車両の運用は楽ではありませんし、部品にも限りがあります。そのため、2015年に廃車を発表しました。いつ走れなくなるかわからないほど古い車両ですので、大々的なラストランというものはできませんでした」
そんなキハ222の幕引きを惜しむ声が鉄道ファンや地域の方から上がったそう。さらに、引退後は屋外で保存されていたため、潮風の影響で車両はボロボロに。それを見て、「長い間頑張ってくれたのに、かわいそう」という声が多く上がったのです。
「この車両はこんなに愛されていたんだ、と気づきました。鉄道会社から見たら、古い車両なんて整備も運転も難しく、解体費用もかかります。しかし、見る人が変わればその価値も変わるのです。ファンの皆さんにとっては後世に残すべき貴重な車両で、地元の方々にとっては昔の思い出が詰まった車両でもある。運行を終えてから初めて、キハ222の持つ価値に気づかされました」
「ひたちなか開運鐵道神社」、誕生
それからキハ222の保存に加え、観光資源として地域に貢献できるようにと、企画会社とも協力し、「ひたちなか開運鐵道神社」の建立を計画したそうです。
「ひたちなか海浜鉄道」での運行中に無事故だったこと、ご長寿車両であること、たくさんの人々を乗せ、つないできたこと(縁結び)などにあやかれるよう、キハ222が御神体として祀られることに。
「鉄道廃線の危機に直面した2006年頃から、商店街や有志の団体、付近の大学生と協力して、積極的に町おこしを行なってきました。それによって、このような企画を実現できる土壌が既にできていたのだと思います。社内でも、やるならやろう!という雰囲気でしたね」
こうして、2021年6月に阿字ヶ浦駅に「ひたちなか開運鐵道神社」が建立。2022年現在は、期間を限定してワーケーションスペースとして開放するなど、神社としての役割だけでなく町おこしの拠点としても活用されています。
また、阿字ヶ浦駅から電車で15分の那珂湊駅では、開運お守り札やキハ222がデザインされたお守りも販売されています。今後、御朱印もお渡しできるように準備を進めているのだとか。
今後の展望について、吉田さんはこう語ってくれました。
「今後もこの町を活性化していく拠点として、様々なことに活用できればと考えています。キハ222そのものが町づくりの鍵となり、我々鉄道会社、地域の人、外から訪れる人をつないでくれる。
この小さな鉄道会社から町全体へ展開していくことで、かつてたくさんの人を乗せた時代のように、この町に活気が訪れてくれたら、と思います」
2021年1月15日には、阿字ヶ浦駅から国営ひたち海浜公園西口付近まで3.1kmの延伸が正式に決定。「延伸を足掛かりに、今後もさらに活動に力を入れていこうと考えています。」そう語る吉田さんの表情は、明るい期待に彩られていました。
「ひたちなか開運鐵道神社」に祀られたキハ222。
50年以上にわたって人々を運んできた富士重工業製の鉄道車両は、運行をやめた今でも町の人々の思いをつなぐものとして、大切にされています。
ひたちなか海浜鉄道Hitachinaka Seaside Railway
平成20年4月1日開業。
茨城県ひたちなか市に本社を置き、茨城交通から湊線を引き継いで経営している、ひたちなか市と茨城交通が出資する第三セクター方式の鉄道事業者。勝田駅(茨城県ひたちなか市)から阿字ヶ浦駅までの計11駅14.3kmを運行しています。
沿線には国営ひたち海浜公園や那珂湊おさかな市場、アクアワールド大洗水族館などの観光名所が多くあります。
ひたちなか海浜鉄道株式会社
〒311-1225
茨城県ひたちなか市釈迦町22−2
電話 029-262-2361