ここがSUBARUですVoL.108
医学的アプローチで乗り心地を改善した
新型CROSSTREKの
新開発シート
乗り心地を良くするために
シートに着目
私はもともと車両の運動性能の先行開発を行っており、特にサスペンションをメインに乗り心地を良くするための開発に取り組んできました。その過程で、乗り心地を追求するのならお客様が最初に触れるシートにもっと着目するべきではないか?と思ったのです。路面からタイヤに加わった力はサスペンションに伝わってサスペンションに振動を起こし、その振動がボディに伝わってシートを揺らします。クルマにかかる荷重が直列で伝わってきて最後に乗員に振動を伝えるのがシートだからです。乗り心地の良いシートを造るためには、まずシートに座る側の人間の骨格がどうなっているのかを詳しく知る必要がありました。
これまでは快適な座り心地や運転操作のしやすさ、衝突安全性能などを追求して、座ったときのヒップポジションや面圧をどうするかなどについて、人間工学的な視点も織り交ぜてシートを開発してきました。しかし人体構造を解剖学的なアプローチで捉え、乗り心地を良くする開発の例は未だありませんでした。当時、ちょうど群馬大学とSUBARUが共同講座を始めたときでしたので医学部の教授にご協力いただき、乗員の骨盤の動きを抑えることができれば、身体の揺れを減らし、乗り心地を向上できるというアドバイスをいただきました。また、身体のほかの部位に比べて骨盤の大きさは人の体格や人種による差が少ないということも分かりました。
人の筋骨格系に関する医学的なアドバイスに基づいて、センサーやカメラを用いて脚や腰、上体、頭部など人体のさまざまな位置の運転時の移動量を計測しました。車両を走らせての試験では安定した入力荷重が得られないため、部品の耐久試験で使っていた水平加振機*に車体フレームとシートを設置した装置で試験してみました。ところが耐久試験用の加振機では、人の繊細な感覚の評価に対応する精度を再現できなかったため、製造元のメーカーと共により振動加速度を緻密に管理できる加振機を新たに造り、ようやく台上での正確な評価試験を実施することができたのです。
実験の結果、骨盤の左右の揺れが上体、さらには頭部に伝わっていくことが分かりました。頭部の揺れは視界の揺れや、平衡感覚を司る三半規管の揺れにつながり、疲れや酔いなど乗り心地の悪化を招きます。さらに群馬大学の医師から、骨盤の揺れを抑えるためには仙骨と腸骨を支えるのがポイントだというアドバイスをいただきました。そこで、シート背もたれの基部、背もたれの角度を調節するヒンジシャフトの下部に骨盤を支える構造物(ブラケット)を取り付けたのです。従来この部分にはウレタンパッドが入っていましたが、骨盤に反力を与えて支えることができる固い部材はありませんでした。
試作品を造り、従来のシートと比較して加振機で試験を行うと、左右の揺れや回転方向のロールはともに4割近く振動レベルが小さくなっていました。試作シートを取り付けた車両を走らせて行った、社内のモニターによる試験走行では、特に長距離運転時の疲れが少なくなったという評価が得られました。また、腰が安定してコーナリング時の上体の移動量が減るため、運転しやすくなることも分かりました。
乗り心地を良くするために、これまではボディやサスペンションに着目してきましたが、今回初めてシートにスポットを当てることで分かったのはシートがあってこそのサスペンションであり、ボディであるということです。私が目指している究極は、運転して疲れないどころか、むしろ運転することでよりリラックスできるぐらいの乗り心地です。今回、新たな取り組みをしてそこに一歩近づくことができましたが、その過程でシート、サスペンション、ボディそれぞれにやるべき課題も見つかりました。それらを一つひとつ解決し、安心で愉しく運転できるSUBARUらしい乗り心地を実現していきたいと思います。
今月の語った人
齊藤 正容
株式会社SUBARU 技術本部 技術開発部 主査
栃木県足利市に生まれ育つ。現在も妻と三人の娘と一緒に足利で暮らしている。地元のおすすめはローカルフードのパンヂュウ。小麦の生地の中にあんこが入った素朴な味のお菓子で、御嶽神社の一角にある屋台で焼き立てを売っているそう。足利シュウマイは片栗粉と玉ねぎだけでできていてソースをつけて食べるというご当地グルメ。地元のスーパーなどでも販売されているという。蛍を見ることができる市の北部にある名草や、松田川ダムのキャンプ場など、自然の中でのんびり過ごすことができるエリアが近くにあるのも足利の魅力だそう。
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